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さもない日々の暮らしの中で ・・・  danslavie.exblog.jp

さもない日常の中で、出合ったこと、気になること、感じたこと・・・。


by CK_centaurea
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〝いのち〟をまもる憲法  護られていますか?

 今年も残り僅かになりました。
 この1年間で、事故や事件、災害等で亡くなられた方の永遠の安息をお祈りいたします。
 薬害肝炎訴訟で闘ってこられた方々に一筋の明かりが見えてきました。でも、事件、事故、医療ミス、災害etc.の後遺症等で苦しんでおられる方々がまだまだたくさんいらっしゃるでしょう。
 流行語にノミネートされた言葉に、ワーキング・プアというのがありました。
中学生の頃に愛読していた「一握の砂」という石川啄木の歌集に
「はたらけど はたらけど猶(なお)わが生活(くらし)楽にならざり ぢつと手を見る」
という歌がありましたが、まさに今の言葉で表せばワーキング・プアですね。
 先日も、NHKで特集をしていました。コンビニの前のゴミ入れからコミック雑誌を拾ってそれを売り、それでその日の食事にありつける・・・。30代前半の若者でした。幾つかのパートとアルバイトを掛け持ちしながら、子どもを育てているお父さん、お母さんの姿もありました。資格を取りたくても勉強する時間もお金もない若者もいました。また資格をとっても時給がわずかにUPするだけの人もいました。格差はますます大きくなっていくようです。
 TVのニュースでナショナルトレセンの完成が報じられていました。
総工費約210億円でほか用地購入費用なども含めた総事業費は約375億円だとか・・・。
トップクラスの一部のスポーツ選手のためだけに・・・。(怒)
 外国人登録法に関わった時から、さまざまな社会問題に目を向けるようになられた一人のシスターがいらっしゃいます。その彼女が「釜ヶ崎キリスト教協友会」協友会通信67号に、とても分かりやすく憲法25条のことを書かれていますので。ここに彼女の了解を得て、ご紹介します。

 憲法第25条 
1.すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2. 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

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憲法と釜ヶ崎 -人のいのちの尊厳は守られているでしょうか-
                                聖母被昇天修道会 マリア・コラレス

 わたしは、この世で一番価値のあるものはいのちだと思っています。ただ生きているだけではなく、豊かに生きること、人間の尊厳が大切にされ人権が守られているいのち。
 戦争がはじまると価値はいのちではなく勝つことになります。仕方がないので殺すことになり、こちらが殺されたらそれは英雄になり靖国神社にまつられます。しかし、国にいのちを献げたから価値があるのではなく、いのちそのものに価値があるのです。
 憲法9条のもと戦争をしないことは大切ですが、それだけでいのちが大切にされているとは言えません。貧しい人たちの世界では、いのちが大切にされていません。日本で言えば憲法25条(国民が健康で文化的生活を営む権利と、国はそうあるよう努める義務を規定している)が守られていません。
 いま世界で死んでいく人は、貧しさのために死ぬ人の方が、戦争よりずっと多いのです。飢えや水、病気では薬がないために死んでいくのです。こんなにも生命が粗末にされていることに、みんな気付き、もっと声を上げなければなりません。
 アフリカなどを考えるだけでなく、わたしたちの近辺、足もと釜ヶ崎にも目を向ける必要があります。仕事がなく食べられず、病気になっても治療できず、若いのに道端で死を迎える人がいます。
 憲法9条のおかげで60年間、日本人は戦争で人を殺すことも殺されることもありませんでした。しかし、憲法25条があるのに、残念ながら、飢えのために死んでいく人々がたくさんいます。
 日本人は一見いのちを大切にしているように見えます。ある日、テレビを見ていたら岩に引っかかって2日間も身動きできない犬のことを放映していました。いのちが危ないと言って、消防署のレスキュー隊が、網で犬を救いにやってきました。その場面をたくさんの市民が見ていました。やっと犬が網で救いだされると、見ていた市民たちからは歓声が上がりました。「かわいそうに」「よかった」。
 しかし、長居公園では世界陸上のために海外からたくさんのお客さんが来るので、公園にテントがあっては見苦しいと、生命を守るテントにしがみつく人たちを、大阪市の職員たちが引っ張り出すことに、人々は無関心でした。
 長居公園の追い出しが終わったあと、大阪市長は言いました。「今日から安心して憩える公園になりました」。その夜テントから追い出された人たちは、貰った毛布にくるまりベンチで寝なければなりませんでした。誰が安心したのでしょうか。テントを追い出された人たちは、いのちの危険にさらされてしまったのです。
 わたしは釜ヶ崎の悪条件のなかで、強く生きようとする沢山の人々から、生きる大切さ、いのちの尊さを教えられています。

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by CK_centaurea | 2007-12-29 22:11