さもない日々の暮らしの中で ・・・  danslavie.exblog.jp

さもない日常の中で、出合ったこと、気になること、感じたこと・・・。


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カテゴリ:絵画・美術館( 23 )

e0057640_2084481.jpg今日は梅田大丸ミュージアムで開かれている
「ジョン・バーニンガム絵本原画展」に行ってきました。
大好きな絵本作家です。
手持ちの本は「ガンピーさんのふなあそび」「ガンピーさんのドライブ」「アルド・わたしだけのひみつのともだち」「たいほうだまシンプ」バーニンガムの小さい本シリーズ「ともだち」「あかちゃん」「とだな」「うさぎ」
今日も素敵な本を買ったのですが、重いので配送依頼。
月曜日に届きます。楽しみ!
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by CK_centaurea | 2007-10-12 20:22 | 絵画・美術館
昨日、義姉と西宮市大谷記念美術館で開催されている、「イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」に行ってきました。大谷記念美術館は始めてでしたが、ゆったりした空間の素敵な美術館でした。日本庭園風の中庭でススキがきらめいていて、心地よい気を感じました。
さて、絵本の原画展は超、お久しぶりです。京都の丸善で開かれていた頃は毎回観に行っていたものですが・・・。これを機会にまた行ってみようと思っています。何か行きにくそう・・・と思っていた大谷美術館も阪神電車で行けば簡単なのも分かったし。
個性的なアーティストがたくさんいるものですね。
特に、イランの作家さんが何人かいらして、色彩が素敵でした。
エッチング、銅版画、コラージュ、アクリル、ガッシュ、パステル、色鉛筆、油絵、混合。と様々な技法が・・・。中でもCGが増えているのが今どきなんですねぇ~。明日、9月30日までです。
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by CK_centaurea | 2007-09-29 18:25 | 絵画・美術館
e0057640_12452515.jpg「やさしくね やさしくね やさしいことは つよいのよ」 まり子

「耳にしたり、目についたりするのはこどものいじめとか、自殺です。遺言なんか、かいたって駄目よ。いじめるのは、淋しいからなの。自殺って、強がってるの。駄目よ。ねむの木学園のこどもたちって、病気にいじめられて、手や足が、不自由になったりしたのを、のりこえたから、やさしいの。そんな大切な命だから、絵をかくの。それは、強いから。だから、いちばん高いビルの上から、やさしさをふりまくの。あなたにね。みんななかよく、うれしさをふりまくの。それが、私の願いであり、生きていることが、『うれしいの』。うれしさを52階から振りまきます。どうぞ、待ってます。あたし、待ってます。みんなで、コーラスも、しますね。」  四十年を迎えて 宮城まり子


 上の言葉は、ねむの木のこどもたちとまり子美術展の案内に書かれてある「ねむの木学園」主宰者の宮城まり子さんのメッセージです。
 日本初の肢体不自由児療護施設である、ねむの木学園。今年で40周年を迎えることを記念してこの美術展は開催されています。

 「ゆみこの世界」「としみつの世界」といった風に、こどもたちの作品の横にまりこさんからのメッセージが添えられています、この美術展は構成もまり子さんがされていて、作品の展示がとてもセンスのよいのに、先ず驚かされます。
 そして、添えられたメッセージの温かさに心を打たれ、こどもたちの作品に心を奪われます。感動の涙は、こどもたちの不幸のためではありません。ねむの木学園のこどもたちは不自由さはあっても不幸ではないと思います。
 「きよみの世界」では、「あなたは、お父さんやお母さんのせいでもだれのせいでもなく、胎児性軟骨異栄養性という病気なの。あなたの病気は背はのびないの・・・」と、きよみちゃんに真実を告げ、フランスのロートレックが男性で1メートル38センチしかなかったけれど、街の人を愛し、美しい心を愛し、絵を描いたのよ。世界で一流の画家になったのよ。と、話し、まり子さんも女優として小さくて子どもの役が多かったこと。小さいことははずかしいことではなくて、それに勝つ心が大切なのだと話しながらきよみを抱きしめたことが書かれていました。
 大胆な絵、やさしい絵、緻密な絵、色の使い方が素晴らしい絵・・・それらに添えられたまり子さんのメッセージには、その子どもとの出会い、話したこと、旅の思い出などが綴られていて、魂をゆすぶられます。
 何時間も費やして緻密な絵を描くことは、誤解を恐れずに言えば、それ自体が病気なのだといえるかもしれないけれど、それも個性、肢体が不自由なのも個性、全てをそのこどもたちの持つ個性だと捉えていとおしく抱きしめるまり子さんの思いが、展示場の空間に溢れていました。
 天才レオナルド・ダ・ヴィンチ、巨匠クロード・モネもこどもたちの絵の前には色あせて見えるほど、鮮烈な印象を与えてくれた美術展でした。
 
 ねむの木学園のこどもたちは幸せです。溢れる愛の中で抱きしめられながら、教育を受けられるのですから。でも、それが、各家庭で、市町村の学校で行われることが、ねむの木学園にこなくても、ねむの木学園と同じような教育を受けられることが、お父さんやお母さんに抱きしめられて育つことが、まり子さんの一番の願いでしょう。

 宮城まり子さんの著書「神さまにえらばれた子どもたち」(海竜社)の帯に、次のようにありました。

「教育ってかいて、こころって、ふりがなをつけます。文化とかいて、こころって、ふりがなをつけます。人間とかいて、神様にえらばれた子とよみます」
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by CK_centaurea | 2007-06-13 12:49 | 絵画・美術館
e0057640_17455280.jpg 5月にも訪れたモネ展。上野の森、国立博物館でダ・ヴィンチ展を観た後、目黒に戻り、タクシーで六本木の国立新美術館へ。前回は宿泊先の池袋から一人でメトロに乗り、美術館に直結している入り口から入ったのですが、今回は外から建物を見て、外のブースでチケットを買って建物の中へ・・・。
 前回、5月11日の記事で〝異邦人たちのパリ〟で、オットー・フロイントリッヒ Otto Freundlichの絵に惹かれたと書いていたので、抽象画好きと思われたかもしれません。
事実、クレーもカンディンスキーも好きなのですが、やはり印象派が好きな凡人です(笑)
 小学生~中学生の頃はルノワールやドガが好きで、高校生の頃はマリー・ローランサンが好きでした。モネの睡蓮に惹かれるようになったのは大人になってからです。「モネが好き」といっても、モネの作品全てに興味があるわけではありません。「睡蓮が好き」といっても、モネの描く睡蓮全てが好きなわけではありません。
 10日の日曜日にNHKの新日曜美術館で、「モネ 光を追いつづけた男」と題して、〝大回顧展モネ〟のことが放映されていました。ゲストである無類のモネ・ファンである西澤潤一さん(首都大学東京学長)が、モネの絵を解説されるのですが、この方のお話を先に聞いていれば、もう少し絵の見方が変わったかも知れないと思うくらい、モネに精通していて、モネの心情を理解している方だと感じました。
 でも、まぁ、絵画というものは元来観る人の感性で観ればいいことなので・・・。
「積みわら」が、なんで名作なんやろ?と会場では思ったけれど、わらに当たった光と影の時刻の移り変わりを田園の中で体感したなら、この絵の真髄が分かるのかも知れないと、後で思った。
 私自身は、平凡だけれどやっぱり睡蓮。ポーラ美術館所蔵の睡蓮や東京富士美術館所蔵の睡蓮が好きでした。
睡蓮 (ポーラ美術館所蔵)                   睡蓮 (東京富士美術館所蔵) e0057640_17464719.jpge0057640_17471234.jpg
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by CK_centaurea | 2007-06-12 17:48 | 絵画・美術館

アートな1日 in 東京

6月6日朝、新大阪~東京へ。
ホテルに荷物を置いて、上野の国立博物館へ。二度目のダヴィンチ展へ義姉と。
その後、国立新美術館へ「大回顧展 モネ」へ。これも4月についで二度目。
同じく六本木ヒルズ森タワーの森アーツセンター49F~53Fの52Fで開催されていた、
「ねむの木のこどもたちとまり子美術展」(6/1~7/1)へ。
今日は六本木の二つの建物だけUPします。
大きすぎて全景を撮ることはできませんでしたが・・・。

国立新美術館
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六本木ヒルズ森タワー
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この日のスイーツ 「サロン・ド・テ ロンド 」にて
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by CK_centaurea | 2007-06-08 20:33 | 絵画・美術館
異邦人(エトランジェ)たちのパリ
1900―2005 ポンピドー・センター所蔵作品展
Paris du monde entier
Artistes étrangers à Paris 1900-2005


e0057640_10191850.jpg国立美術館開館記念の企画として開催された〝ポンピドー・センター所蔵作品展〟「異邦人たちのパリ」を去る5月1日に欲張り企画の美術館めぐりの一つとして観てきました。
息子たちの新生活を記念して、お馴染みのマルク・シャガール「エッフェル塔の新郎新婦」のポストカードを買ってきたのですが、好みの画家である、シャガール、モディリアーニ、カンディンスキーを差し置いて、私の心を捉えたのは、始めて知った画家である、オットー・フロイントリッヒの「私の空は赤」という作品でした。赤い空・・・それは、この時代に抗って生きた画家の思いが凝縮されているような、魂の叫びのようなものだと感じました。

以下は、今回の作品展の図録によるものです。
 
オットー・フロイントリッヒ Otto Freundlich
私の空は赤 Mon ciel est rouge
1933年 油彩・カンヴァス 162.0×130.5cm
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ミュンヘンとベルリンで歯学と美術史を学ぶ。1908年、初めてパリを訪れ、ピカソなどモンマルトルの前衛美術家グループと交流する。ドイツに戻りミュンヘンに絵画学校を開設するが失敗し、1910年からパリで暮らす。1911年、ベルリンでの「新分離派」展、1912年のケルンでの「ゾンダーブント」展などに参加する。1914年からは主にベルリンとケルンに住み、第一次世界大戦にはドイツ軍兵士として従軍する。大戦後シャルトル大聖堂のステンドグラスの製作に従事。この時の体験は、後のフロイントリッヒの「万華鏡絵画」(カレイドスコープ・ペインティング)に影響を与えたとされる。1919年、マックス・エルンストらtケルンで最初のダダの展覧会を企画。1924年、パリに戻り、前衛美術の専門誌「A bis Z」を創刊。また「アブストラクシオン=クレアシオン(抽象=創造)」に参加する。1933年、ドイツにナチスが台頭するとその作品は「退廃芸術」の烙印を押され、ドイツ国内の美術館から撤去される。彫刻(新しい)はナチスが主催する「退廃芸術展」のカタログの表紙となった。身の危険を避けるためピレネーに逃れ、そこでナチスに破壊された作品の再製作を行うが、1943年初頭に密告され、マイダネクの強制収容所で死去した。(S・H)  作品展図録より

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by CK_centaurea | 2007-05-11 21:13 | 絵画・美術館
e0057640_2336139.jpg 今回(4/30~5/1)の「欲張り企画」である美術館巡りのハイライトは何といっても、レオナルド・ダ・ヴィンチ。<天才の実像>と銘打っているとおり、「ハァ~、さすが天才!」と云わざるを得ない作品群でした。
中でも《受胎告知》は天才レオナルド・ダ・ヴィンチが若干二十歳の時の作品ですが、周知のように完成度の高い作品です。(この作品の解説は
公式サイト
でされています。)書見台のレリーフや衣服の生地の質感(タフタでしょうか)など秀逸です。マリア様の右手のデッサンがおかしい(右手が異様に長い)のは、作品を鑑賞する位置を考慮してのものだということでしたが、確かに右斜めから観ると不思議なことに確かに右手は違和感なく見ることが出来ました。でも、書見台のデッサンがどう見ても納得がいかないのは私だけでしょうか?天才の作品にケチをつけるわけではないのですが・・・。そういえば、一緒に観賞した方は、天使の羽を評して「写実というより,生々しくて、むしろグロテスクに思えます。こんな評をするのは私だけでしょうが、私には印象が強すぎたようです。天才さまごめんなさい!」とおっしゃっていました。そういわれれば、確かに羽というフワッっとしたイメージとは程遠いものですね。私自身は、色が結構背景色に溶け込んでいるようなので、あまり感じませんでしたが、云われてみると、これは羽というより、肉の塊というか、とても動物的ですよね。
ヌメッとした感触?(触ってないけれど)なんかそう書いただけでゾクッっとします。
人それぞれ観方が違うものですね。だから、芸術は面白いのですね。
あなたはどのように観られるでしょうか?
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by CK_centaurea | 2007-05-10 23:40 | 絵画・美術館

恩師の知人の個展

今回の西行きも久留米でした。
Hpの再リニューアルのために出かけたのですが、思わぬオマケ(?)付でした。
というのは、恩師がローマ在住の折にお隣さんであった画家さんの個展が大牟田市であり、昨日(10月5日)連れて行っていただきました。
画家さんのお名前は綿貫直諒さん。
とても温厚そうなお姿どおりに、描かれる絵もどれも穏やかで安らぎを感じさせる絵でした。
明日までですが、大牟田文化会館のお近くの方、いらしてみて下さい。
これは案内状ですが、このような絵を描かれます。↓
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この絵も素敵ですが、私が心を惹かれたのは水の描き方です。空の描き方です。
海でもなく川でもない、湖の持つ静寂と穏やかさを表すタッチが素晴らしかったです。それと、空の色の深さに癒されるひと時でした。
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by CK_centaurea | 2006-10-06 18:48 | 絵画・美術館
  尾道市立美術館において開催されていた、「戦後60年 無言館 遺された絵画展」(「戦没画学生慰霊美術館・無言館」所蔵の作品)は、東京ステーションギャラリーを皮切りに、福井県立美術館、豊川地域文広場桜ヶ丘ミュージアム、丹波市立植野記念美術館、京都府文化博物館と続いて、尾道市立美術館が最終のようです。2006年2月5日まで開催されています。

尾道市立美術館
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美術館内の案内板 主催者の言葉
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「無言館」
この名前は、どのような意味を持っているのでしょうか。
館主の窪島誠一郎さんは語ります。
「彼らの描く絵はことごとく深い静寂につつまれている。
この静寂を無言と解釈することは簡単です」
「しかし、無言ということからいえば、無言のままで立ちすくむしかないのは、
今を生きる我々のほうなのではないでしょうか」と。

1997年5月2日、信州・上田市郊外の丘に
戦没画学生慰霊美術館「無言館」が開館して8年がたちます。
東京美術学校(現東京芸術大学)の出身の画家野見山暁治さんは、
戦死した同級生の家族のもとに彼らの絵画を訪ねる取材を通して
「仲間たちの絵をこのまま見棄てておくわけにはいかない」
との思いを募らせていました。
1995年、それを知った窪島さんが野見山さんとご遺族を訪ね、
絵の収集と管理・保存の活動を始めたのが無言館建設の起こりでした。

開館後、来館者の声が全国に広がり始めました。
「あなたに見せたい絵がある」と。
美術館に置かれている無言館日誌には、
「涙で絵が見えません」「いのちとは生きるとはどういうことなのでしょう」
「愛が満ち溢れていました」「子どもを誘ってもう一度来たい」
など感動の声で埋め尽くされています。
何度も何度も訪れている方が多いこともこの美術館の特徴です。

戦後60年。
戦争を知る人はもう僅かになってしまいました。
全国から、この美術館に行きたい、行きたい
でも高齢になり遠くて行けないというたくさんの声を聞きました。
現在、無言館に展示されている作品は80数点だけです。
まだ展示されていない作品が300点近く残っています。
こうした画学生の絵を見ていただきたいのです。

残された時間の中で、
家族を、兄弟姉妹を
故郷を、自らを
ただ、ただ一途に絵を描いて
逝ってしまった若者がいたことを
少しでも多くの方に知っていただきたいのです。

こうした思いから本展覧会を開催いたしました。

格別のご協力をいただいたご遺族、ご所蔵者、
またご尽力を賜りました関係各位に厚く感謝の意を表します。

いつかきっと、信州上田市の無言館をぜひお訪ねください。
             
                       主催者


美術館ロビーから望む尾道水道
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夕暮れの尾道市立美術館
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千光寺公園から望む 尾道水道
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2006年1月2日撮影

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by CK_centaurea | 2006-01-04 23:44 | 絵画・美術館

尾道市立美術館

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尾道の千光寺公園の中にある尾道市立美術館に行きました。
昨夏行きたいと思っていた、長野県上田市にある「戦没画学生慰霊美術館・無言館」。
戦後60年企画で多くの作品が各地を巡っているということで、断念しましたが、偶然にも尾道の美術館で「戦後60年 無言館 遺された絵画展」をしていました。
中には完成度の高い作品もありましたが、まだまだ拙い作品が多く、それでも未来の可能性を秘めた作品だと思うと、それがかえって胸をうちました。
中でも「祖母の像」に刻まれた一本一本のしわ。精魂こめて描かれた祖母の顔、手に生命の重さが滲みでているような思いがしました。

死ななくてもよかった生命。それを奪ったのは誰なのか!?
このような作品の遺りかたが二度とないように!と祈らずにはいられない・・・。
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by CK_centaurea | 2006-01-03 01:13 | 絵画・美術館