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さもない日常の中で、出合ったこと、気になること、感じたこと・・・。


by CK_centaurea
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「ママはイラクへ行った」

「ママはイラクへ行った」
NHKスペシャル 2008年9月15日放映
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<観ていない人のためにダイジェスト>

 カリフォルニア州の砂漠にイラクの村さながらのセット、アメリカ軍のナショナルトレードセンターがあります。エキストラが市民や武装勢力を演じ、派遣が決まった部隊が訓練を行う施設です。
 (今更ながら・・ですが、やむをえず、戦闘になってしまうのでなく、用意周到に訓練された結果のことなのですね。)

 女性兵士を戦争に派遣するきっかけになったのは、ベトナム戦争の泥沼化で、兵役拒否や反戦運動の拡がりでアメリカは男性の徴兵制度を維持できなくなったためだという。1973年に志願制に移行した。当時、充分な職場が開放されていなかった女性の人材獲得に力を入れた。湾岸戦争では2%以下だった女性兵士を11%に増やし、戦場にも送るようになった。また後方支援限定だった任務をイラク戦争では事実上戦闘地域にまで拡大した。
 女性兵士の3人に一人は母親。母親兵士はいまやアメリカの戦争に欠かせない存在となっている。

 ある女性は州兵に入隊後、半年でイラクへの派遣を命じられた。イラクの人たちのため、イラクの人たちを助けるためと前向きに受け止めた。事実、医薬品を届けることでイラクの子供たちと触れ合う喜びがあった。
 「受け取った彼女の瞳はクリスマスの朝のように輝いていました。素晴らしい経験でした。」ある時、車を走らせていると、子供たちの中に小さな男の子がいて手を振っていた。「私は手を振りかえし、車を止めようとしました。その瞬間、男の子は銃を手にし、私をバンバンと撃ってきたんです。私は驚きのあまり心臓がドキドキしました。こんな子どもが撃ってくるなんて。気がつくと私は発砲していました。応戦しろと言われていたので、撃たれたら撃ちかえすしかありません。私の命か 彼の命か 私は自分の命を優先しました。何てことをしてしまったんだろう。私はこの国を守るために来たのに。平和のために戦っているのに子どもを殺してしまうなんて。女性なのにそんなことをしてしまいショックでした。私は兵士として誇りを持ち、この国を愛していました。人助けをしてこの国を変えようと思っていました。でも、何のあために戦っているのかわからなくなりました。毎日子どもの顔を見ていると私がしたことを思い出すんです。子どもを産むことは出来ましたが、逆に苦しみが生まれました。子どもを愛しているのか 愛が何かわかりません。私は命を奪ったのですから。それも子どもの命を」
 彼女の信じていたイラク派遣の大儀は打ち砕かれた。

 別の女性もまた現実的な働きのために州兵になった。そして、イラク派遣を命じられた。
祖国を守ることは我子を守ることだと言いきかせ、その思いを子供たちへの遺書に残し、
彼女は「あなたたちを愛するからこそ行くのよ。あなたたちが行かずに済むようにママが戦争に行くの」と、書きました。しかし、想像を超えた過酷な体験は彼女を変えてしまった。帰還後子供たちへの愛情を以前のように表すことが出来なくなった。子供たちを護るためと自ら言い聞かせ、行ったイラク。しかしそれは、大きな傷を家族にももたらす結果になった。

 「戦場に行ったことを後悔していうるか」と問われた女性は「戦争に行ったことが良いのか悪いかの、それは答えたくありません」「病院の助けを借りて、私が母親になれるように願っています。だって、私は母親なんですから」母親として生きる最後の望みを治療に託している。

 今も、復員軍人省医療センターにはPTSD(心的外傷後ストレス障害)で入院治療をしている母親が多くいる。
 それでも、軍は「兵士は困難に立ち向かい、家族と別れ、戦友を失うことに苦しみます。それでも諸君は紛れもなくアメリカの意思であり象徴なのです」という。
 そして、イラクから帰還した女性兵士は「子どもに感情を表現できません。母親らしく抱きしめキスすることさえ出来ないのです」

*****
 戦争は、戦闘地の子どもたちはもとより、遠く離れた地の子どもたちの心も傷つけるのです。
 為政者はこの母親達の声、叫びを傾聴してほしいと、強く願います。
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by CK_centaurea | 2008-09-16 15:12 | 映画・DVD・TV・演劇