さもない日々の暮らしの中で ・・・  danslavie.exblog.jp

さもない日常の中で、出合ったこと、気になること、感じたこと・・・。


by CK_centaurea
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ヒロシマ 63回目の原爆記念日

 「中沢さんにとって、8月6日は何の日ですか」聞き手は映画監督の山本晋也氏
「地獄です」応えたのは「「はだしのゲン」の作者、漫画家の中沢啓治氏
2008年8月6日、テレビ朝日お昼のワイドスクランブル。

中沢氏
「1961年漫画家を志して上京。『東京の人は被爆者の側によると放射能がうつる』と云うんですよ。全く驚きました。無知な人間が多いと思った」
山本氏
「無知が偏見を生み、差別を生む。何が恐ろしいかというと無知ですよ」

 中沢氏は、7年間入院していた母親が亡くなった時、火葬場でどっちが頭か足かわからないくらい、小さな骨しかなかったのを見て、カーッときて、「原爆の野郎、大事な大事なお袋の骨までとっていきやがった」とものすごく腹が立ったそうだ。
 「もう一度、原爆と戦争について考えてみようと。 日本人の手で何一つ解決していないんですよ。もう、逃げちゃいかんな・・と。徹底的に闘ってやろうと、そういう気持ちになって、すぐに東京に帰って一週間で『黒い雨にうたれて』という原爆の第一作を描いたんです。それは怨念みたいなもの。日本人は〝唯一の被爆国〟だというが、何一つ知っていないと思った」

 夏休みの図書館。「はだしのゲン」から35年。今でも読み継がれている。
小学校5年生の女の子たちの感じたところ。
 「普通に暮らしていた人が一瞬で死んじゃうのが怖い」
 「たくさんの人が『幸せに生きたい』と思って生きているのに、戦争でたくさんの人が死んでしまったところです」

 「「はだしのゲン」の名前の由来は
「素足で〝 子野〟(げんしの)をしっかりと踏みしめて力強く生きていくという思いを込めて・・・はだしゲンは 気のゲンでもある」
 
 「はだしのゲン」といえば、長男が小学校1年生の時に、この本がいたく気に入って図書館で読んでいたらしく、斜視の手術で入院をした時に、担任の先生がお見舞いに持って来てくださった。今も大切に残してある。

 昨夜(深夜)もNHKで「ヒバクシャの手紙」を放映していた。が、その番組中、平和の式典で発表される、今でも毎年3000人前後の方が被爆のために亡くなっていることに対して、作家・井上ひさし氏の「今でも静かに爆発を続けている」という言葉が重かった。

 2007年9月23日撮影
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 原爆ドームの近隣に高い建物が建ち、物議をかもしたことがあった。「時代は変わるし、人々が忘れてはならないのは建物の姿だけではないでしょうに・・・」と思ったことがあった。でも、視覚に訴えることはやはり大事なことでもあるし・・・



 
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中沢氏のプロフィール:1939年3月14日広島市に生まれ、6歳のとき神崎国民学校前で被爆。父、姉、弟を亡くしている。1961年上京し漫画家のアシスタントに。1966年結婚。同年母の死をきっかけに原爆漫画を描き始める。1968年5月、原爆がテーマの「黒い雨にうたれて」を発表。1973年6月、代表作となる「はだしのゲン」を「週刊少年ジャンプ」で連載開始。
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by CK_centaurea | 2008-08-06 16:51 | 映画・DVD・TV・演劇