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さもない日々の暮らしの中で ・・・  danslavie.exblog.jp

さもない日常の中で、出合ったこと、気になること、感じたこと・・・。


by CK_centaurea
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旅する絵描き -パリからの手紙

旅する絵描き -パリからの手紙/伊勢英子・作 平凡社

旅する絵描き -パリからの手紙_e0057640_20183765.jpg  窓のすぐわきに小さな扉があった。人ひとりがやっと通れるくらいのガラス戸で、窓と同じく質素だから郵便配達以外、誰もここが入口だなんてわからないだろう。何かメモのようなものが貼ってある。ぼくはのぞいてみた―「ワタシハ、イカナル商業的本モ買ワナイ、売ラナイ」―そして、平日は9:30-17:00、水曜日は9:30-12:00、とある。ここは本に関する工房なのだ。この人は本を造っているのだろうか、まさか、この何でも機械でできる時代に、ITの時代に一冊ずつ手造りで?それとも本の修復をやっているのだろうか。
 もう一度扉の紙片に目を移す。Relieur-Doreur A.M.とあった。ぼくは急いで辞書をめくった。Relieurは製本屋、造本屋。Doreurは金箔師、金の型押しで文字や装飾を手作業で造る職人のことだ。

 ぼくはもっともっとおじさんのこと、Relieurの仕事のことを知りたいと思った。この、人の心を包みこむような空気はどこからきているのだろう。

 ぼくは自己紹介がうまくできない(フランス語は発音がむずかしい)。だから、旅のスケッチ帖を見せたんだ。言葉は通じなくても描いたときの気持ちや空気は絵から伝わるはずだ。おじさんの眼がまた鋭く光った。そして、ぼくの歳くらいのとき、おじさんも絵描きになりたかったんだ、と言った。
 戦争がおじさんの夢を別の形に変えた。おじさんはお父さんの工房で働き、その仕事を受けついだ。今では自分の息子にも教えながら、外国から何人もの弟子入りがあるほど、パリでは数人しかいない最後の「手仕事」の人となった。 (「旅する絵描き」本文より抜粋)
 

 「Yよ、元気かい。ぼくは今パリにいる。パリのアパルトマンでこれを書いている。おどろかせてすまない。東京の下宿でもなく旅先のカフェでもない、異国のアパルトマンで手紙を書いているんだからね。自分だっておどろくよ。」
そんな書き出しで始まる〝ぼく〟は著者。
恋人(?)に手紙を書くという形式をとりながら、この物語はすすんでいく。

 「ぼくは、すごいモチーフにつかまってしまったらしい。美しい風景でも流れる雲でもない。前に描いた枯れたひまわりの群生でもないよ。窓だ。なんのへんてつもない窓なんだ。」

 〝ぼく〟の気を惹いた窓のガラスの向こうには、金箔の文字や装飾をほどこされた色とりどりの本と、何か手作業をしている美しいたたずまいの老人の姿があった。そこで、このページの冒頭にあるように扉の前に立った〝ぼく〟と老人の出会いがあり、絵本「ルリユールのおじさん」が生まれることになる。  
通りすがりに心惹かれた窓、とうとうアパルトマンを借りてまで、ルリユールの仕事ぶりをスケッチする著者の思い。老人との洒落た会話。パリの風景。「ルリユールおじさん」の未公開スケッチもたくさん収録されています。

 「『ルリユールおじさん』を買った人は、この本も買っています。」って、Amazonではないけれど、(そう、Amazonて一度、本を買うとこんなおせっかいなメールがきたりするんですよね。)おすすめしたい本です。
by CK_centaurea | 2007-10-30 20:16 | 本(ジャンル不問)